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「mikketa / 三星毛糸」岩田真吾さん

皇室や国内&海外ブランドに高品質な衣料用生地を長年製造してきた三星毛糸株式会社から、チャーミングな雑貨が誕生。その名は「mikketa(ミッケタ)」。繊維の製造過程で出てしまう端材を廃棄せずに、どうにかアップサイクルできないかという思いから、岐阜にあるTABというデザイン事務所と一緒に取り組んだデザインプロジェクトです。


短くなってしまった残り糸が、バングルやペンダントトップなどのアクセサリーに変身!残り糸をすき込んだ美濃和紙のレターセットやノートブック、糸巻きの芯を活かしたペンスタンドも。さらには、ストールの端切れで使ったクマのぬいぐるみなど、ひと工夫で上品なプロダクツを生み出しています。思わず「みっけた!」と手に取ってみたくなる品々です。


「ウールを中心とした天然繊維の着心地の良さを広めていくことで、環境に優しく、人にも優しいファッションを伝えたい」と三星毛糸は考えます。使い手と作り手が繋がるブランド「MITSUBOSHI 1887」や、再生ウールを扱う新たなプロジェクト「ReBirth WOOL」も展開。そして、尾州のアトツギたちが結集したクラフトツーリズム「ひつじサミット尾州」など、熱いお話を伺いました。





Guest 岩田真吾さん 三星グループ代表取締役社長

慶應義塾大学法学部卒。三菱商事株式会社、ボストン・コンサルティング・グループを経て 三星毛糸(株)・三星ケミカル(株)入社。平成22年、三星毛糸(株)代表取締役社長就任。平成27 年、三星ケミカル(株)代表取締役社長就任。個人として、平成27年より認定NPO法人 Homedoor理事、平成30年よりフィンランド・サウナ・アンバサダー就任。



interviewーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 聞き手:原田さとみ 2021年11月


岩田)三星グループの祖業は、織った布に水を付けて石の上で木槌で叩く「艶付け業」で、私の 高祖母にあたる初代の岩田志まが創業しました。1891年、濃尾大地震でたくさんの機場が壊れ、 その後の震災復興の流れで機械化が進み、当時主流だった綿や絹から最先端だったウールに 転換されていきました。更には文明開化や富国強兵などの政策により、洋服や毛布などの需要が 増え、一気にウール産業が開花しました。


原田)その中でも、三星毛糸さんは尾州ウールの最高級ブランドですね。


岩田)はい、私達は、素材選びからものづくりまでこだわりを追求しています。例えば、羊の種類は およそ3000種類と言われていますが、その中でも最も羊毛の品質の良いメリノ種をこだわって使用 しています。また、メリノの中でも牧場を厳選し、、毛の使う箇所も厳選し、最高の一反を織り上げ ています。また、職人が誇りを持てる工賃を支払いたいと考えていますので、値段だけ見ると「高 い」と感じる方もいると思いますが、背景を理解していただけたお客様に選ばれるテキスタイル・ブ ランドになっていると思います。


原田)ところで、日本では羊は飼っていないのでしょうか?


岩田)現在だと北海道を中心に2万頭ほど飼われていると聞いたことがあります。ちなみに、尾州 でも、その昔一宮せんい団地というエリアでメリノ種を飼っていたそうです。ただ、メリノ種は日本の 気候に合わないようで、日本にいる羊の多くはサフォークという品種です。


原田)羊はウールのために飼育されているんですか?


岩田)日本だと食用や観光用がメインです。このように、羊はウールだけでなく、無駄になるところ が少ない、人類のパートナーだと思います。現在、ウールは全繊維生産の2%と言われており、選 ばないと手に入らないものになってきていますが、微生物による生分解性を持ち、石油などの枯 渇資源を使わず生み出すことのできるサスティナブルな素材だと感じています。


原田)三星毛糸さんの洋服は地球に還るのですね。


岩田)そうですね。着るもの全てをウールやコットンにすることは現実的ではないと思いますが、ク ローゼットの中に10着ある場合、ウールの服が1着あるのか2着あるのかと意識を持って選ぶ事で サスティナブルなファッション産業が広がっていくと考えています。


原田)岩田社長が代を継がれて、手応えはいかがですか?


岩田)ウールの生産は高度成長期のころ...戦後日本の復興を支えてきましたが、私が三星に戻っ てきた2000年くらいはバブル以後で生産量が減り、かなり厳しい状況でした。

海外生産、化学繊維の伸張が進んでくる中で、「閉じこもっていてはダメ」「立ち止まっていても仕 方がない」と考え、海外市場にチャレンジを開始しました。大昔の作れば売れていた時代の名残 で、販売は商社にお任せというビジネスモデルが尾州では多かったのですが、これからは自分た ちで販売していこうという思い、2012年「プルミエール・ビジョン・パリ」へ単独で出展しました。


現地人のエージェントとタッグを組んで開拓をする中で、イタリアの高級メゾン「エルメネジルド・ゼ ニア」のMade in Japanというコレクションでウール生地として唯一三星毛糸が選ばれました。彼らと のやり取りの中で、日本人の色に対する感受性だったり、尾州の軟らかい水質による風合いの良 さだったりと言った、自分たちの魅力を再発見できました。


原田)他者とつながることで改めて、自分たち尾州の良さ・強みに気付くことができたのですね。


岩田)はい、2019年にはジャパン・テキスタイル・コンテスト(主催JTC開催委員会)が開催され、私 たちが創った「ヌメロ・ラーナ(ぬめりのある新しいウール)」が最優秀であるグランプリ(経済産業大 臣賞)を受賞できました。一般的に、柔らかさとハリ・コシは相反するイメージだと思いますが、それ を両立した面白い生地ですので、ぜひ多くの方に体感いただきたいですね。


また、ウールを日常で使ってもらうためのチャレンジとして、ウール100%のTシャツをクラウドファン ディングで製作し、400名以上(800万円以上の方にご支援いただけました。ウールといえば、スー ツやセーターですが、今のライフスタイルに合うTシャツやパーカーなど用途開発にも力を入れて いきます。


そして、今年は新たなプロジェクト「ReBirth WOOL」を展開していこうと準備を進めています。ウー ルはもともと希少資源でしたので、糸に戻してもう一度使い直す「反毛」という文化が尾州にはあり ました。ただ今までは、質にはこだわらず毛七や毛六などウール以外の繊維を何割か入れていた り、どこから来たのか来歴を問わないようなものがほとんどでした。今後はトレーサビリティも考え、 ウール100%に近い形で開発していきます。ユーザーから回収したウール衣類を糸に戻し、ヴァー ジンウールと混ぜてウール100%のブランケットやニット製品を開発する予定です。再生と言われて も信じられないくらい高品質なものづくりがコンセプトです。


原田)三星毛糸さんが環境を意識しはじめたのはいつ頃なんですか?


岩田)そうですね、もちろん近年のサステナビティの盛り上がりにも影響を受けていますが、30年以 上昔の資料を見てみても「私たちは自然環境を大切にします」と唱えており、環境への配慮が DNAレベルで組み込まれている会社だなと思っています。


また、働く人が自分の個性を活かして成果を上げることができる「ダイバーシティ&インクルージョ ン」という考え方も、三星グループの商業者が女性起業家だったという原点から考えても、力を入 れて取り組んでいきたいと考えています。


原田)28歳で会社を引き継ぎ、一個一個新時代を築いていますね!


岩田)日本でものづくりを続けていくには、大量生産・大量消費を前提とした量産工場ではなく、必 要なものを必要な量だけ創る場にしていくことが必要だと思います。


昔の工場は閉じた存在で、守衛さんがいて、技術を隠すのが当たり前でした。今でももちろん技術 は大事だと思いますが、日本で作るのであれば使い手と繋がっていき、「開かれた工場」になって いくと良いのではないでしょうか。


その一つの事例が尾州のアトツギが中心となって昨年初開催したクラフトツーリズムイベント「ひつ じサミット尾州」であり、一つずつ形になってきているのではと思います。


原田)ひつじサミット尾州は大変魅力的な企画で盛り上がっていますが、その開催にあたり三星毛 糸の会長であるお父様の反応はいかがでしたか?


岩田)会長は自由にやりなさいという感じでしたね。ただ、一つ驚いたエピソードがありまして...今回 「ひつじサミット尾州」を開催するに当たり、様々な会社を訪問しました。その中で、20年~30年前 の尾州を取り扱う冊子を拝見する機会があったのですが、そこで私の父親が「尾州はもっと人を呼 ばなければならない」と語っている記事を見つけたのです!それを見た時は「親子で全く同じこと 言っているな」とゾクっとしましたね(笑)


原田)お父様の思いが「ひつじサミット尾州」に引き継がれていますね。


岩田)中興の祖である祖父・岩田悦次のころから、決して産地で一番大きな会社ではなかったけ れども、「工場見学を積極的に受け入れ、丁寧な説明をする」ということで評判をいただいており、 当時から作る人と使う人の繋がりを大切にする会社でした。そういう意味では、父の思いも引き継 いでいるのだと思います。


原田)現在の尾州産地では「横のつながり」を大切にし、共に成長していこうという考え方になって きましたが、これまではどうだったのでしょうか?


岩田)おそらく、産地には以前から組合があり、話し合いをする場はあったと思いますが、なれ合 いよりは「競争」していた方が全体の発展につながっていたんだと思います。しかし、時代が変わ り、市場全体が縮小するタイミングでは、シェアを取り合うことではなく、「共創」することが必要だ と、皆さん感じ始めていると思います。


原田)同じ「キョウソウ」という言葉でも「競争」と「共創」、美しき変遷ですね。


岩田)ひつじサミット尾州では、伝え方も工夫しました。言葉だけではなく体験することが大切だと 思っていたので、「サスティナブル・エンターテイメント」というキャッチコピーを付け、楽しく体験して もらうことを重視しました。最終的に楽しいということが大事ですし、知らないと大切さもわからない ですからね。


原田)楽しく知ることが大切ですね。エンターテイメント性から入ってきてもらう、裾野を広くというこ とですね。


岩田)「ひつじサミット尾州」を開催するにあたって、日本のいろんなイベント主催者から直接お話 を聞きました。燕三条の「KOUBAの祭典」、鯖江の「RENEW」、関の工場参観日、大阪の FactorISMなど...どの主催者の方も、1時間の予定が30分、1時間と延長しても、熱く語ってくれま した。産地や産業は違っても、一緒に日本を盛り上げていきたいという気持ちを持っている人達か ら学ばせてもらいながら、丁寧に作り上げてきました。「ひつじサミット尾州」が開催されたのは4日 間だけですが、実行委員会メンバーの汗と涙のしみ込んだイベントです。


原田)尾州を支える後継ぎの皆さん、熱いですね!実行委員となっている後継ぎの皆さんは若い ですか?


岩田)30代から40代の後継ぎが多いですね。


原田)頼もしいですね。


岩田)コロナのせいで自由には動けない中で、初開催にも関わらず53事業者、協力企業合わせて 91社が集まってくれたのは、先代たちが土壌を創ってきてくれたおかげだと思います。


原田)これは次回が楽しみですね。


岩田)2022年の「ひつじサミット尾州」も方向性が決まってきました。ゲストが楽しむだけでなく、実 行委員が成長する機会と捉えて、繋がりを大切にして頑張っていきたいと思います。


原田)先代たちは温かく見守ってくれているのではないでしょうか。未来がワクワク明るいですね!


岩田)そうですね。ただ、実際のビジネスとしては楽観的すぎても良くないと思います。ウール原料 の価格高騰も進んでいますから、まだまだ正念場だと思います。ウールをサスティナビリティの文 脈でしっかりと伝えていくべきだと考えていますし、人にとっても、とても気持ちがいい素材であるこ とを知ってほしいですね。


原田)フランス・イタリアはサスティナビリティやアップサイクルについて進んでいますし、物をたくさ ん買わないと思いますが、そんな中で三星毛糸さんからアップサイクル製品を販売されたら、どう 反応されると予測されますか?


岩田)クオリティが良くないと購入されないと思います。僕たちが今やっている「ReBirth WOOL」は 再生とは信じられない高品質を目指しています。アップサイクルや再利用だから安いとかお得で はなく、付加価値がついていることを伝えていかないといけないと思っています。


原田)今後、力を入れて取り組みたいことは何でしょうか。


岩田)自然環境の問題では、カーボンオフセットの計測を始めます。ヨーロッパ基準の「サイエン ス・ベースド・ターゲット=SBT」を今年入れることにしています。そうするともう隠しようがなくなります よね。そして、産地全体が働きやすい環境にしていくこと、ダイバーシティ&インクルージョンに力 を入れていきたいと思ってます。産地全体の空気が自社の価値にも繋がると思っています。


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